無料メールマガジン発行サービスメルマガ天国はメールマガジンの発行、購読すべて無料です。簡単登録、簡単解除です。
無料メールマガジン発行サービスメルマガ天国
はじめましてメルマガ天国ですドリームランキング
新着メールマガジン発行部数ランキング
メールマガジンを発行したい読者登録ランキング
広告募集発行者ツール
発行者さまへお願い読者ツール
メルマガ天国ジャンプ

歴史と未来 (ID:18145)
登録してください
登録メールアドレス
解除メールアドレス

歴史を見直すことによって現在や未来を検証します。また、歴史推理短編集
その他も掲載します。個人研究所の機関誌です。
発行周期マガジンタイプ総発行部数購読料
不定期テキスト 3831無料です
カテゴリ
ジャンルの指定 性別の指定 地域の指定 年代の指定
その他 男女問わず 全国版 年齢問わず
 
発行部数の推移 過去10号分
発行回数発行日時発行部数発行部数の推移 ( 右端は100部 )
第60号 2007/12/04 19:55:2771
 
第61号 2008/01/04 19:23:3272
 
第62号 2008/01/04 19:23:5872
 
第63号 2008/01/04 19:25:0472
 
第64号 2008/01/24 15:14:1074
 
第65号 2008/02/21 14:29:5074
 
第66号 2008/03/13 14:23:1574
 
第67号 2008/04/10 15:13:4972
 
第68号 2008/05/03 19:49:4370
 
第69号 2008/05/03 20:08:0270
 
 
バックナンバー 最新号
第69号 2008/05/03 20:08:02 発行
 
ルーズベルトは戦争を避けたかった。歴史推理短編集
 
  
きんもくせい
第六十九号 国際民族文化研究所

二〇〇八年五月五日発行

ルーズベルトは戦争を避けたかった
      日本人には評判は良くないが                

 私は本誌の信長降臨続編の執筆を終えその後「その時
思った」と題する歴史推理短編集を執筆すべくまず桂太
郎とルーズベルトの研究を始めた。桂太郎は日本が勝つ
筈のない日露戦争に勝利したにも拘わらず日本人には評
価が低く国葬にもしてもらえなかったが日本を世界の一
等国にした偉大な首相で、私は過去二、三年研究してい
たので執筆には差して支障はなかったが、私を含め日本
人が余り好きでないフランクリン・ルーズベルト大統領
を研究していて驚くべき事実が次々と出てきて私のルー
ズベルト観は大きく変わろうとしている。研究の結果は
「その時思った」で掲載する予定であるが取りあえず日
本人が抱いているルーズベルト観を少しでも再考するよ
い機会と考えかつ第二次大戦の真相解明にも役立つと考
え研究途中であるが敢えてこの誌面を借りて問題提起を
試みた次第である。
ルーズベルトは任期途中で急死してかつ二次大戦で忙し
く回想録など残す暇はなく彼の評価については一定して
いない。ただ、私の経験ではアメリカ人はリンカーンを
最も尊敬しており、次にワシントンかルーズベルトかと
言った具合に尊敬度は高いが、日本人の我々から見ると
、ハル・ノートを突きつけたり、原爆を開発したり、真
珠湾攻撃を知っていたにも拘わらず戦争に参加するため
隠していた等立派な大統領とは言えないといったイメー
ジが強い。私自信も今までそのように考えていたが、そ
れは結果であって彼の本意ではなかったように思えるの
である。そもそも当時のアメリカはギャラップ調査でも
示しているように自分たちの祖先の地イギリスがドイツ
の空爆で陥落寸前であったにも拘わらず九割の国民は第
一次大戦で懲りたためドイツや日本と戦うことには反対
であった。議会も同様でイギリスを援助する法案さえ通
らなかったのである。ルーズベルト自身も自国の領土が
侵略されない限り自国の青年を戦場に送らないことを明
言していた。
 また、ルーズベルトは正義感が強く信念の固い人物で
もあった。裕福な家に生まれハーバードを出た秀才でそ
の上ハンサムで政治家として順調に頭角を現してきたが
三十九歳のとき小児麻痺にかかり政治生命を絶たれよう
とした。その時周囲の反対を押し切り「あなたには大政
治家になることがこの苦しみから逃れる唯一の方法です
よ」と励ましたのが妻のエレノアであった。彼女はセオ
ドル・ルーズベルトの姪であるが、美人の母親からは容
姿が悪いと見下され、父親はアル中でいづれも彼女が幼
少のころ死亡したため親類に預けられ決して幸福でない
前半生を送った。しかし夫の死後はアメリカの国連代表
になるなど人権擁護の分野で大活躍をしアメリカの女性
の中では最も尊敬される一人となっている。ハンサムで
生まれのよいルーズベルトが何で容姿も育ちも良いとは
言えない彼女と結婚したか謎ではあるが何か惹かれるも
のがあったのであろう。その彼女が夫を救い大政治家に
育てあげたといっても過言ではないと思う。ルーズベル
ト自身も必死で努力しその後ニューヨーク州知事など歴
任し、アメリカ史上三選された大統領すらいないという
のに四選されている。民主主義の国であれば普通は四年
とか八年トップの座にいれば飽きられるか癒着等でその
座を退くものであるが、四選するということは彼が如何
にアメリカ人に尊敬され信用されていたかということで
あろう。しかも大恐慌の中、彼のニューディル政策は上
手くいかず日本との戦争の軍需で何とか成功している。
また、マスコミが彼を庇っていたこともあるが、小児麻
痺で重度の身体障害者であり車椅子の生活であったこと
は知られていない。そのような苦難を乗り越えて国民の
支持を得ていた大統領が国民のほぼ全員が戦争反対なの
に戦争に積極的な筈がない。前述のように彼自身も戦争
には加担しないことを公約として明言している。また、
彼は日本軍の強さを知っており、日米開戦当初の日本軍
の勢いを見て日本軍のアメリカ本土への侵攻が高いと考
え陸軍に阻止を打診している。因みに陸軍は日本軍の上
陸は避けられずロッキー山脈で阻止するももし失敗した
らシカゴで阻止することを検討すると答えている。
 では、なぜハル・ノートを日本に突きつけたのか。ル
ーズベルトは日本の譲歩案である乙案を受け入れ暫定協
定案を決定した。これは日中間の戦争には口を挟まず日
本が仏印から撤退すれば石油の輸出を再開し話し合いを
続けるというものであるが、日本に通報する直前に蒋介
石とチャーチルの猛烈な反対にあい中国、イギリスとい
う友好国の意向を無視できず、迷った挙句乙案の回答と
してではなく「取りあえずの拘束されない試案」として
ハル・ノートを提案したが諸説はあるも最後通牒ではな
く交渉の仕切り直し試案と見ることが妥当と思える。真
珠湾攻撃にしても日本がどこかに奇襲攻撃をすることは
暗号から分かっていたが、その規模はさして大きなもの
ではなくアメリカ軍はレーダーがしっかりしているので
前もって把握することができるとしていた。もしあのよ
うな大規模な攻撃が行われることが分かっていれば大統
領が大切な艦船八隻も真珠湾に留め置く筈がないのであ
る。原爆製造のマンハッタン計画もアインシュタインら
科学者が提案したもので、ルーズベルト自身は乗り気で
はなく、ドイツに先を越されないようしぶしぶ開始した
ものである。人種差別主義者であると言われているが、
確かに日系人を苦しめたが蒋介石やその妻宋美麗とは親
しく中国には親近感を持っていた。
 ルーズベルトの基本的な考え方は友好国のイギリスや
中国には若干の武器援助に留めそれ以上戦争に加担する
ことはしないとするもので、世論のほぼ全員が戦争反対
であったことから、戦争準備ができておらず、日本とド
イツの二正面で戦うことは困難と考えていたに違いなく
、成り行き上アメリカの参戦で連合国側は運よく勝利し
たが実際は当時のアメリカ人はルーズベルトを含め冷や
汗をかき続けたに違いないと思うのである。

**国際民族文化研究所**

目的:歴史を研究することによって現在や未来を検証す
   る個人研究所
主宰:大地みちる(本名三枝篤夫)
住所:埼玉県狭山市
メール:saegusa@hotmail.com
実績:本名で過去数冊の出版実績あり
   研究所機関紙「きんもくせい」(本紙)をメルマガ
   等で配信
その他:メルマガで受信の方は機能上新聞の形でなくベタ
   打ちになりますのでご容赦ください

**悪戦苦闘の株取引**
 株にうまみがなくなったからといって世界の投資家たち
は原油に投資しその結果石油の価格は高騰し続けている。
他方、世界の株価はアメリカを始め低迷を続けている。日
本など日経平均が5千円も下がったままである。かつては
4万円であった日経平均がその半分どころか1万3千円で
は株を続ける意欲がなくなってしまう。日本企業は安定し
ているのだから証券取引所はもっと外国投資を呼び込めな
いのか。それにしても一部投資家の石油への投資のため株
のみならず日本経済が引っかき回されるとは情けない



歴史推理小説 その時思った
(本短編集は英雄たちが歴史上の決断をするとき何を思った
か推測により記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠
実に従いましたが、主人公が思ったことや周囲との会話は推
測でありその意味で歴史推理小説として位置付けました。 
三枝篤夫著)

第一話 桂首相と日露戦争
 
 イギリスと並ぶ世界の大国ロシアが日本を侵略しようとし
ている。明治維新から三十数年しか経っていない日本は不安
と恐れに日夜眠れない日々を送っていた。私は日露戦争の歴
史は元寇および第二次大戦と並び日本の歴史上最大の危機で
あったが外交上、戦略上そして世界に与えた影響という点で
最も優れた出来事と考え最大の功労者であるにも拘わらず余
り評価の高くない桂太郎首相に焦点を当てて彼が何を考えて
この偉大な事業を成し遂げたか推測してみた。

その一 なぜ俺が首相に

「もし、木戸さんや西郷さんや大久保さんがいたら「何かあ
ったら俺が全部責任をとるから桂お前やってみろ」と言った
だろう。そして実際には自分たちがロシアに負けないような
戦略を考え俺を前面に立てて実際には自分たちが敵に立ち向
かっていったであろう。しかるに今の元老や先輩たちはどう
か。ロシアの脅威を強く感じていることは共通しているがそ
の脅威に旗を振って先頭に立って立ち向かうという自信もな
ければ勇気もない。その結果俺のような無名な者に責任を擦
り付け何かあっても自分たちは保身を考えている。しかし、
今はそんな時ではないのだ。ロシアは間違いなく北海道を狙
っている。日本が大人しく北海道を譲れば一時は収まるがロ
シアは益々冗長するだろう。ではロシアと戦争をして日本が
勝てるか。日本を含め世界中で日本がロシアに勝てるなんて
考える者はいる筈がない。元老たちが逃げるのは当然だ。俺
がロシアと戦っても結果は明白だ。多額の賠償金を取られ東
北地方を奪われ日本の国土が半分になることは明白だ。しか
し、俺は首相になってしまった。心労のためか脳血栓の発作
が出て寝込むことも多くなった。
 俺は日本の領土を小さくした最も愚頓な首相として歴史に
残ることになるのか。そんなことになれば俺は永遠に浮かば
れない。ではどうしたらよいのか。ロシアはイギリスと並び
世界一の国力と軍事力を持っている。我が日本は世界で誰も
知らない新興国だ。日本が勝てる筈がないと言っても、例え
ば織田信長が桶狭間で今川を破った例がある。戊辰戦争だっ
て西郷さんは北陸や東北で大変な苦労をした。西郷さんは兵
力や武器が不足し度々薩摩に帰り無理して補充していた。俺
は一司令官だったが西郷さんの血の滲むような努力には感服
したものだ。
 まてよ、あの時西郷さんは何と言ったか。「諸君、戦いは
勝てないときもある。だが、絶対に負けてはいけない」。そ
うだ、戦いは必ずしも勝たなくともよい。だが、絶対に負け
てはいけないのだ。分かった、ロシアに勝たなくともよい、
だが、絶対に負けてはいけない。分かった俺はやるぞ。
 
 その二 勝たなくても負けない

 桂は西郷や大久保が若い頃受けた薩摩の郷中教育を思い出
していた。自分は長州だが薩摩には長州にない強さがある。
あの西郷さんの言葉「負けるな」だ。郷中教育は「負ける
な、弱い者を苛めるな、嘘をつくな」といった内容だが西郷
さんや大久保さんの強さの秘訣は若い頃受けた教育にあるの
だ。
 彼は児玉陸軍大臣と後藤海軍大臣を自室に呼んで尋ねた「
こうなったらロシアと戦わざるを得ないが君たちの意見を聞
こう」。桂と同郷の児玉が答えた「短期的に優勢を維持せよ
というならば可能ですが、せいぜい半年でしょう。あの広大
なロシアに立ち向かうこと自体無茶なことですが、大人しく
していれば日本に侵略してくることは間違いありません。首
相はロシアと戦わざるを得ないとの主戦論と聞いていますが
、私も賛成です。伊藤さんや井上さんの主張するロシアと協
定を結び満州をロシアが朝鮮を日本が統治するなどという案
は机上の空論で、過去の歴史を見てもロシアはそのような協
定を守る信用できる国ではありません。とするとあなたが考
えているようにロシアと戦うしか道はありません」。薩摩出
身の後藤が言った「海軍は十分とはいえませんが外国と戦争
するに遜色ない艦船を揃えました。ロシアと戦っても五分五
分と考えますが、問題は戦費です。日本とロシアの戦費は雲
泥の差があります。陸軍と同じく半年くらいならば負けませ
んが、戦いが長引けは間違いなく日本はもちません」。桂が
言った「分かった、短期に戦争を終わらせれば必ずしも負け
ることはないのだな」。以下次号               


*初心者の料理教室**
 五月に入るや否や絹さやエンドウが大量に収穫できた。様
々な料理方法があるが、まず、味噌汁の具にすることが基本
と思えるのである。
 単純なことだが、エンドウを入れたまま味噌汁を煮るとエ
ンドウの新鮮さは失われてしまう。
 味噌汁をお椀に盛る30秒位前にエンドウを味噌汁に入れ
るのがコツであるが不覚にも1年も経つと忘れてしまうもの
でエンドウを煮込んでしまい初物をおいしく食べられなかっ
た。


**家庭菜園奮闘紀**
 4月21日ナス、トマト、キュウリをはじめ凡そ10種類
の苗や種を蒔いた。ちょっと早いかなと思ったが旅行などの
計画があり時間の許すときを選んだのである。連休前には一
度寒さが訪れるというが、もう霜は来ないだろうとホームセ
ンターや農家の人たちの意見を聞いて決行したのである。し
かし、テレビの天気予報を聞いたら月末作物には気をつけた
方がよいという。
 結局月末の一時的な寒気は作物に影響はなかったが八十八
夜の5月2日まで気が許せなかったのである。

**上級英会話教室**     

問7:日本の歴史上現在はどのような位置付けになりますか。

答え:約150年ほど前まで日本は封建時代でしたが、明治
維新により近代化されました。しかし国民は国家のために存
在するもので必ずしも民主的とは言えませんでした。戦後は
国民は平等になったと言っても社会格差は大きく最近では社
会の激変を迎え様々な問題が生じています。また、安全保障
もアメリカに守ってもらっており「自分の身は自分で守る」
精神が欠けており、その緊張感の欠如が社会の箍を緩めてい
る原因かも知れません。

英語: In Japan, feudalistic social system has been 
continued till the Meiji Restoration 150 years ago, 
when Japan introduced the modern social system from 
the European countries. But, this system is more of 
less nationalistic and individual right was largely 
limited.  Although the Japanese society became more 
democratic after the War, there are so many social 
problems including income gap these days, when the 
society entered into the age of drastic changes. 
Personally one of the causes of creating these social 
problems came from the lack of consciousness of self 
defense, since Japan is totally defended by the United 
States.

 

 



アンケート結果



無料メールマガジン発行サービスメルマガ天国はメールマガジンの発行、購読すべて無料です。簡単登録、簡単解除です。
よくある質問
著作権
プライバシー
免責
お問合せ
無料メールマガジン発行サービスメルマガ天国
本日もアクセスいただきまして誠にありがとうございます。スタッフ一同@メルマガ天国
Copyright (C) 1999-2007 メルマガ天国 All Rights Reserved.