告知と卵巣ガン名医探しの始まり
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告知と卵巣ガン名医探しの始まり
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卵巣がん名医を見つけよう。
医師から告知を受けたときに、最初に思い立ったことでした。
目の前にいる医師は、緊急で手術を受ける必要や入院の必要はないこと、当面は抗がん剤による投薬治療を行っていくという説明を淡々と続けます。
命を脅かす重病である以上、卵巣ガン名医の診断と治療を受けたいというのは当然の希望でしょう。
セカンドオピニオンというより、主治医を探すための旅を始める必要が出てきました。
最初に告知を受けたのはたまたま家から近いというだけの理由で健康診断を受けた病院だったので、命を預けるにはあまりにも頼りない印象を受けました。
もちろん、その病院に卵巣ガン名医がいる可能性だって否定はできません。
ただ、そう都合よく話が進むほど人生を楽観することはできなかったのです。
そもそも不都合な真実を今まさに突きつけられている最中に、そう幸運を信じることなどはできないでしょう。
仕事はどうしようかと迷いました。
治療費を考えると、やはり収入は確保しておきたいというのが本音です。
いくら卵巣ガン名医を見つけることができたところで、お金がなくて治療費が支払えないというのでは、苦労が水の泡です。
あいにくなことに、保険にも加入していなかったので、経済的に余裕があるとも言えません。
手術や抗がん剤の投薬治療にかかるお金を確保するため、医師と相談のうえで仕事は続けることにしました。
闘病生活といっても日常の暮らしには支障のない段階だから、という話を希望にしていましたが、当然ながら無理は禁物ということです。
きっと卵巣ガン名医でも同じことを言うのでしょう。
徹夜をすることはここ何年かはありませんが、終電まで働いているということはあります。
自分の意志でというより、ただ業務が終わらないのでやむをえずという現状を考えると、自分ひとりの心がけでどうにかなる問題ではありません。
会社に相談した方がよいかと悩みもしましたが、上司は定年間近、自分よりもいくらか高齢です。
まずは卵巣ガン名医を見つけてアドバイスを仰ぎ、それから同僚や上司に伝えることに決めました。
それまでの間は、やはり残業はせざるをえませんが、部下もいればこの先のキャリアも見えている年齢です。
それほどあくせく働かずとも、うまく仕事を割り振っていけばどうにかなるだろうと思った後、嫌な上司になってしまったと苦笑しました。
これも卵巣ガン名医が見つかるまでの急場しのぎと自分に言い聞かせつつ、治療費を稼ぐのだと納得させました。
終日デスクワークをした後、帰宅後はなるべく早く就寝するようにしました。
睡眠不足は健康の大敵です。
卵巣ガン名医が見つかる前に病気が進行して手のつけようがなくなってしまっては、元も子もありません。
ある夜見た夢の中では、10年近く前に訪れたロンドンの街にいました。
のんびりとセントポール大聖堂を見物し、ナショナルギャラリーで美術鑑賞をしたあと、
地下鉄でアコーディオンを演奏している若者の姿を見かけました。
あの頃には、卵巣ガン名医を探すことになるなんて、夢にも思いはしなかったものです。
地下鉄の駅を下りて、テムズ河沿いをぶらぶら散歩していました。
日本とはまるで違うイギリスの街並みに、目新しさと数百年に渡る伝統とを感じながら、目的もなくぶらぶらと歩いていたのです。
そののどかなイメージを破るように、目覚まし時計の音が鳴り響きました。
朝の日課のようになっている、今日こそは卵巣ガン名医が見つかるという言葉を誰にというわけでもなくつぶやき、
起床していつも通り朝食を摂って出社しました。
不思議なことは、それから1週間もしないうちに、再びロンドンの夢を見たことです。
この10年、海外旅行時の夢など見たことはありませんでした。
イギリスはたしかに美しい国ではありましたが、迫りくる日常の忙しさに追われてそれどころではないという思いもあります。
もしかしたら、仕事と卵巣ガン名医探しに疲れているのかもしれないと苦笑いで済ませようとその時は思っていました。
今度はコヴェントガーデンで大道芸人を取り巻く観衆の1人になっていました。
何かの映画でオードリ・ヘップバーンがロケ地として使用したことで有名な土地ということだったとおぼろげに覚えていましたが、
私の頭にしっかりのこっているのは、数々の大道芸人だけです。
綱渡りやチェーンソーを使った恐怖をあおるものから、竹馬やカードマジック、生演奏など様々な大道芸が揃っていて、
共通して流れている温かな雰囲気に和んだものです。
卵巣ガン名医などとはこの先数十年無縁であろう子供達を、大道芸人は選び出して助手にし、最後は子供達に拍手喝采を観客が送るという場面は、
ロンドンという大都会に残る余裕を見せ付けられた思いでした。
東京には、あれだけのゆとりがあるかと振り返ると、好ましい答えは返せない気がしました。
灰色と形容された空も、日本で見上げる空と同じように青く、都市部であってもリージェンツパークやハイドパークなど、
大きな公園がいくつも存在しているロンドンという街に暮らせたらと、当てもない夢を年甲斐もなく見てしまった自分が甦りました。
昼時になると、卵巣ガンのことなど忘れ、フィッシュアンドチップスをほお張り、満足して次の場所へ向かいました。
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治療費のことなど夢の中には出てこなかったので、ピカデリーサーカスで買い物を楽しむことにしました。
ロンドンでも中心部にあたるこの辺りには、デパートやショップが立ち並んでいます。
気に入ったデザインの服のサイズを見て、やはり日本人とイギリス人とでは体格が違うと分かりきった事実に唖然としたりもしていました。
そういえば、旅行前に医療制度が違うため、病気にかかったら治療費が高くついて大変だという心配をしていたことを思い出しました。
もちろん、卵巣ガン名医を探しにいったわけでもありませんし、治療費が高くつくほか、
人種の違いによって体質や薬の効き方にも差が出てしまうのではないかという不安を抱えていたのです。
国が違えば底に生活する人も違います。
旅行中に目にした人々の大部分は、卵巣ガンとの闘病生活とは縁のない健康な人だったのでしょう。
病人はあまり外を出歩かないものですから。
夢から覚めて、2度続いたロンドン旅行の思い出のリプレイに不思議な因縁は感じたものの、それが卵巣ガン名医探しとつながるとは思いませんでした。
特にそのことを誰に話すこともなく、
いつもと同じ時刻に家を出て、いつもと同じ電車の車両に乗り込みました。
その日は、、闘病生活として特筆すべきことのない日常が残っていただけです。
出社して何食わぬ顔であいさつを交わし、部下が全員揃っていることを確認してから、昨日自分が退社した後にたまった書類に目を通し、
不明点を部下に確認して要点を上司に報告する。
そして提示を1時間弱過ぎて仕事を終え、再び朝と同じ経路をたどって我が家に帰る。
ただそれだけの一日です。
卵巣ガン名医探しについて進展があったのは、それからまた数日後のことでした。
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