[ありの一歩 No.28 2008/05/16]
ありの一歩 2008 5月16日号 麹屋
□■目次■□
・人身うけがたし
・何を以て人に尽くすか
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人身うけがたし
今、私の手の中にある紙切れは、お金です。
お金の意味を知っているからこそ、大切に扱います。
お金の意味を知らなければ、鼻水をふぃて捨てるかも知れません。
お金の意味を知っているからこそ、お金を何かに生かそうとします。
人生もその意義を知らなければ人として生ききることは出来ません。
この地球は、四十六億年ぐらい前に誕生したそうです。
この太陽系の九つの惑星のうち水がと生命体が存在しているのは地球だけです。
水など、生命をはぐくむ環境がつくられたのは奇跡に近いような確率かも知れません。
三十六億年前ぐらいに生命が誕生し、いくつもの偶然が重なりあって、今、私は人間として生きています。
私が今、人間として生きていることはそのような歴史と天のはいざいの結果なのです。
「人身うけがたし」人間として生きる真の意味を自覚し感謝の一念を持って生きる。
「もったいない、もったいない」です。
人間としての一生、人間としての一日、「もったいない、もったいない」「ありがたい ありがたい」なのです。 *−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−* 二宮尊徳 二宮翁 「人と生まれて」 人と生まれて衆生を助くる道を勤めざれば、人にして人にあらず。 譲り助くることを拡めなば、天下も以て治めつべきなり。 *−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−* ミャンマー、中国四川省ますます、犠牲になった方が増えています。両政府は外国の人的支援を拒んでいるようですが残念なことです。人に生まれたら人を助けるのが天の道です。
何を以て人に尽くすか
日本人は、制服に弱いなどと、どこかで聴いたような気がします。
制服を使って詐欺を企てる人もいるようです。
権威ある人の言葉は、何か真実に聞こえるのです。
葬儀や法事に出席するときれいな法衣を身につけたお坊さんが説教をします。
なんだか有り難く感じたりするものです。
生臭坊主も法衣を見につければ、立派な方なのです。
「立派な方」と感じる人から聴く話は、有り難い話になります。
二宮尊徳のたとえ話し、いろんなおもしろい話があります。
似たようなことですが、「肥樽の例え」というのがありました。
尊徳の元にいた居候で村の子供や青年に学問を教える儒学者がいました。
ある日、近くの家の振舞酒を飲み過ぎて酩酊し、酔って道ばたに眠ってしまう醜態を極めてしまいました。
之を見た子供や青年は、この儒学者の元から去ってしまったそうです。
それで、儒学者は尊徳に言ったそうです。
私の行いが間違っていましたが、学問は、聖人の教え、その道まで捨ててしまうのは道理にかないません。
子供や青年を説得してください。
それを聴いて尊徳はたとえ話をします。
「おまえさん、腹を立てるでない、ここに米がある、
これを炊いてめしを作って、肥やし桶に入れたら、おまえさんはこれを食うかね。」
「もともと清浄な米だが、ただ肥やし樽に入れただけでが誰も食う物はいない。
聖人の教えも肥やしの口から講釈すれば誰も聴かなくなるのだ。」
怖い話です。肥樽の口になっていないか、自分の行いを反省しています。
心は、人のために生きよと叫んでいますが、行いはかけ離れている。
「何を以て、人に尽くすか」私ののど元には、今、この言葉が突きつけられています。
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