[我が子と酒と音楽と No.58 2008/07/03]
我が子と酒と音楽と…最終回(一応、メルマガ天国からの配信としては)〜前編〜
東京生れ東京育ちの私は、長いこと自分には故郷(ふるさと)と呼べる地はないと
思っていました。両親は東北の出身で、子供の頃は毎年夏休みになると遊びに行
っていて田舎にある実家がイコール故郷というイメージが植付けられたんだと思
います。
最近、弟からの情報で共に卒業した中学校が統廃合でなくなるという話を聞きま
した。私の方は現在中学の同級生とは連絡をとっていないのですが、数年前に同
級会に出席した弟には情報が流れてきたようです。そして、最後の同窓生総会が
開かれるということで行ってきました。
30年ぶりに訪れる母校です。予報通りの雨。門を入ると桜並木の坂道、通称「桜坂」
を登って校庭に入ります。体育館の入口に看板が出ていました。同窓生総会と書
かれた看板が。門に出されていなかったのは雨の所為かもしれませんが、最後の
同窓会を公にしたくないのだろうかという寂しさも感じました。
弟からの情報は単に同窓会があるというだけで、内容は全く解らず同級生の連絡
先も知らないので、単身で乗込んだんです。同窓生の集りですから老若男女の中、
同級生がいたとしても30年ぶりなので絶対判らない自信がありました。ただ、同
期ごとに固まっていれば何となく級友に気付くかなというくらいで、大した期待
もないまま無くなる校舎の見納め程度の気持ちで足を踏み入れました。
案内状が出されたわけではないので、集った人数は60年という歴史からすると随
分と少ないです。飲み物とお菓子を並べたテーブル(実際は卓球台)が中央に並べ
られ、まわりを囲むようにパイプ椅子が2列程度に置かれ、最初は校長他の挨拶を
聞いていました。
形ばかりの歓談タイムに入り、テーブルに集りお茶やお菓子を手にします。それ
でも何となく年恰好が同じくらいの人達が集るテーブルに足が向くんですね。
そうなると、ポツンと1人佇んでいる人はかえって目立つんでしょうか。正面にい
るチビハゲが声をかけてきました。「何期生ですか?」中学生の何期なんて解らな
いので「今46歳です。」と答えると「同じだ!」と言うので、「私は3月生まれなので
学年は違うかもしれないね。」と言うと「僕は1月生れだから一緒だ。」と言うのに
続けて「お名前は?」と訊いてきたから「佐藤健です。」と答えると「サトケン?俺は
ミカミです。」という。チビのまま禿げたミカミだったんです。
その瞬間、横にいた2名が名乗りをあげました。「イナガキです。」と言われ顔と名
前がつながり、「酒屋の息子のイナガキか!」もう1人は「クボタです。」うお〜!
「学校の式典でピアノを弾いていたクボタじゃないか!」と脳内を電子が行き交い
瞬時に中学時代のモードにリセットされたんです。3人の同級生にいきなり会えま
した。でも中学生の時にはあまり話したことのない3人だったんです。それも男ば
かり。それでも覚えていました。
その後、中学校の歴史を写真で編集したスライドを見ていると、同級生同士で結
婚した人達を紹介するコーナーで知った顔を見つけました。「ボンマンだ!」フク
ダという苗字なのに渾名はボンマンという、未だに理由は解らないけどフクダで
はなくボンマンという渾名が先に口をついて出るました。
その後、見覚えのある女性の姿を見つけたんです。
その女子は…小学生の時は食べるのが遅く、給食後5時間目まで先生の言いつけで
給食を食べさせられていたスガヌマです。中学で急に女らしくなり好意をもった
のですが、母親がおっかない人で、何故か子供心にこの娘とは結婚できないなと
思い告白することなく現在に至った、そのスガヌマが来ていたのです。現在は結
婚しているので苗字は違うんでしょうが、30年経ってもすぐに解りました。
昔、夏祭りの時、何人かの友達と一緒に縁日の屋台を見て回っていて、少しの間
スガヌマと2ショットになったことがあります。きっと彼女は覚えていないだろう
けど胸が熱くなったのを思い出しました。
実家が酒屋のイナガキはマンガ・オタクで情報通でした。中学校のあるの地元で
今も酒屋をやっている両親から相当に同級生のネタを掴んでます。ブッチャンの
家が無くなり、印刷屋を廃業した家の息子キタクボは高校教師になり、その弟は
アニメの世界に入り、近所なのにカベチンや洋品店をたたんだのクロの情報はあ
まり入ってこないけど、学校にコンドームを持ってきたノリユキは最近まで付き
合いがあって、チュウサンは自殺したってことまで知っていました。
チュウサンは小学校も一緒で、ドンくさくて、母子家庭で…、でも私が飼ってい
たハムスターの子供を分けてあげたんですが、大切にしていたのに猫に遊ばれて
死んだとかで泣いていた純粋なヤツで、純粋すぎたのか、薬(ヤク)のやり過ぎで
自殺したって話が近所の噂らしいけど、死ぬことはないだろうって今更思うんで
す。おまけに弟も交通事故で死んだらしいです。
イナガキ!30年ぶりに会った同級生に全てを話す必要はあるのか?悲しすぎるよ。
キタクボは教師として横の繋がりがあるらしく、今回の総会のことを当時の我々
の教師にも連絡してくれたようです。本人は来てなかったんですが、バスケ部の
顧問だったホリキ先生が来ていました。私も体調を崩すまでの2年間、部活でお
世話になった先生です。
ビンタやケリは当り前の体罰で有名な先生だったんですが、好きな先生でした。
文句を言う親もいなかったし、今ではあの頃のビンタも懐かしいです。
5人で挨拶しに行って、相変わらず生意気なことをいうイナガキが蹴られました。
久しぶりに生で見て本当に懐かしくなったんです。
そこへもう1人女性が現れました。ホリキ先生を囲む数名の固まりを見て同級生
と確信したようです。トモエです。昔から正義感が強くて、正しい発言がその当
時の中学生にとっては鬱陶しくて孤立していた感じはあったんですが、今は警察
官です。皆、ビビって言いなりです。
総会が終わり、片付けを手伝ったり何やかやでバラバラになったものの男子4人
は茶でも飲んでいくかとなり、門を出ました。スガヌマとトモエは何故か姿が見
えなくなっていて、女子抜きなのが残念でしたが中学の頃もこんな感じだったよ
なって、妙に納得して、私が酒を飲みたいと主張した為ファミリーレストランに
入りました。中学時代はなかったお店です。
昔話の間に仕事の話や病気の話、それと家族の話が加わります。同級生というだ
けで、単に同じ年代の会話以上の一体感がなんとなくあるんですね。それと、当
時のことを思い出してみると、同級生の中に家が商売をしているケースがとても
多いことにも気付きました。サラリーマンの家庭は建設会社関係で寮に入ってい
る家だったりという地域でした。だから、友達の家に遊びに行くと住まいはお店
の2階というのがけっこう多かったんです。
だから、情報通のイナガキにあそこのお店はどうなった?まだあるのか?なんて
訊くことになるんですが、今はほとんどないみたいです。解ってはいたんですが
一応訊いてみたかったんですね。悲しくも寂しくもなかったです。家業を継ぐっ
て言う時代じゃないですから。でも、そんなお店の場所は今でもちゃんと覚えて
いるので、訪ねていったら同級生がいるっていうのもいいんだけどなぁ。
東京生れの東京育ち。私には故郷がないと思っていました。帰る場所としての故
郷はないかもしれません。でも子供の頃に一緒に学び、一緒に遊び、同じ恩師か
ら何らかの影響を受けた友達がいることを、忘れていました。中学校の体育館は
懐かしかったです。でも来年にはなくなるでしょう。
それは仕方がないことです。ただ、30年ぶりに再会した友と語り合ったファミリ
ーレストランはしばらく残るでしょう。
思い出を共有している友がいる限り故郷はあるのだなあと思いませんか。
今でも心配してるんです。中学の同級生がどうしているかって。現在、母校の生
徒数は1〜3年生を合わせて33名です。少子化もあるのでしょうが、受験して私
立にいく子が増えているのも影響しているようです。数字よりもスライドで見た
学校行事の写真が胸に痛かったですね。
廃校に向かう分校のような(正にそれと一緒なんですが)、人の少ない寂しい写真
です。
ファミリーレストランに集った4人は来年の3月に母校が無くなることを、なる
べく沢山の同級生に知らせるべく、出来る限り連絡を取り合おうということで別
れました。
後編につづく
佐藤(ケンパパ)健 |